ホーム歳時記7,8月

朝顔市台東区入谷鬼子母神 平成28年7月6,7,8日
子育て安産の神様で知られる入谷鬼子母神(真源寺)の境内を中心に開かれます。毎年40万人の人手で賑わいます。 入谷がまだ田んぼだったころ、土地が朝顔の栽培に適していたため盛んに作られ、小さな市なども開かれていたのが今の市のはじまりです。 朝顔ですので、気に入ったのを手に入れたければ、花の開いている早朝に出かけるのがよいでしょう。
入谷朝顔市公式ページ
ほおずき市台東区浅草浅草寺 平成28年7月9,10日
「四万六千日(しまんろくせんにち)」ともよばれる7月10日は浅草観音様の功徳日にあたり、この日に参詣すると四万六千日分(126年間)お参りしたのと同じ御利益が得られるといわれ、多くの参拝客で賑わいます。 ほおずきの実は、芝の愛宕神社で虫封じの薬として売り出されていましたが、のちに浅草寺でも四万六千日の縁日で売り出すようになりました。 境内には、ほおずき売り、風鈴、虫籠などの露天がところせましと立ち並び、入谷の朝顔市と同じように夏の風物詩として人気があります。 ほおずきは、風鈴とセットになって売られているのが多く、ほおずきの籠や釣忍(つりしのぶ)に下げられているガラス風鈴はよりいっそう情趣があります。
浅草寺
川開き〜隅田川花火大会の原点〜
隅田川での舟遊びや、川端で夕涼みをすることは、江戸っ子達にとって最高の消暑法であり、一番の遊興でした。 これらに加えて花火が揚がるようになると、「江戸っ子たるもの、これをな見ずして何で江戸っ子か」といわれるほどに、 両国での賑わいは江戸中に広がっていきました。

亨保18年(1733年),前年に流行したコレラと大飢饉による死者の鎮魂と、厄払いを兼ねた儀式として、 八代将軍吉宗が大川端(両国橋〜新大橋までの隅田川右岸)で水神祭を催した際に, 両岸の水茶屋が余興として献上花火を揚げたのが、川開きの始まりとされています。 以来、両国の納涼に花火が打ち上げられるようになりました。

両国川開きの人気は花火はもとより、茶見世、団扇店、影芝居、三味線や笛太鼓の馬鹿囃子などの、 見世物や露店の賑わいでした。

隅田川の納涼は両国の川開きとともに、江戸市民がこぞって楽しめる一大イベントとなりました。

享保期以来200数十年続いた両国の川開き行事は、昭和36年から52年まで、 交通事情、火災の危険、川の汚染などの理由から、とりやめになっていましたが、 東京っ子の熱いに期待に応えて隅田川花火大会として復活しました。

隅田川花火大会(平成26年7月26日)
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〜農耕民族日本人のしきたり〜お盆
お盆は、仏教の影響が入ってくる以前から、お正月と並んで収穫感謝祭であると同時に、 自分達を守ってくれた祖先の霊に戻ってきてもらい、冥福を祈る為に、 家族一同が集まって祖先の霊前でくつろぎます。

迎え火
7月13日の夕方に、霊が迷わず帰ってこられるように、家々の門前や戸口でおがらを焚いたり、提灯を灯しお迎えします。 この行事を迎え火といいます。
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盆踊り
お盆の間中、村の広場に高い櫓を組み、その上で太鼓をたたいたり、櫓の下ではゆかた姿の男女が輪になって踊ります。 死霊に対する霊鎮め(たましずめ)の行事であるといわれます。
日本の代表的な盆踊り

送り火
お盆の行事が終わり、精霊が帰っていく7月16日(または15日)、見送りのために人々は様々な行事をします。 精霊棚に馬の形となって並べてあった茄子やキュウリを、これに乗って精霊が帰れるように、他のお供え物と一緒に川へ流します。
また、迎え火のときと同様に、火を焚いて送り火とし、霊を送り出します。各戸だけでなく、共同で大々的におこなうこともあり、京都の「五山送り火」(大文字)が著名です。
五山送り火 (月遅れ盆で、8月16日に行われます。)
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東北三大祭り
秋田の竿灯(秋田県秋田市)
「ねぶり流し」ともいわれる七夕行事です。竿灯とは、高さ8メートルあまりの竹竿に数本の横竿を張り、それに46または48個の提灯を九段に 吊るした物です。秋田杉の形とも稲穂の形ともいわれます。この竿を、威勢のいい若者が、笛や太鼓の音に合わせて、一人ずつかわるがわるに担ぎます。
元々、藩政以前から秋田市周辺に伝えられているねぶり流しは、 笹竹や合歓木に願い事を書いた短冊を飾り町を練り歩き、最後に川に流すものでした。それが、宝暦年間の蝋燭の普及、 お盆に門前に掲げた高灯籠などが組み合わされて独自の行事に発展したものと言われています。

▼ねぶり流し
病魔に襲われたり、負傷することを、「ねる」といいます。ねぶり流しの「ねぶり」は眠りのことです。 秋田では眠いことを「ねふて」「ねぶて」などと言います。 竿燈まつりは、真夏の病魔や邪気を払う、ねぶり流し行事として宝暦年間にはその原型となるものが出来ていたといわれています。 青森の「ねぶた」や弘前の「ねぷた」も同じように「ねむたい」が語源とも言われています。
秋田竿灯まつり(平成28年8月3〜6日)

青森ねぶた(青森県青森市)
もともと七夕祭りの行事で、「ねぶり流し」の風習であったとされています。ねぶたは超大型の切子灯籠で、歴史上の人物や、 武者絵などが描かれ、全国から観光客が殺到します。
青森ねぶた(平成28年8月2〜7日)

仙台七夕祭り(宮城県仙台市)
この地方での七夕の風習は、仙台藩祖伊達宗公のころに始まったともいわれ、また、江戸時代、天明3年〔1783〕の大飢饉の際に、 その世直し策として、盛大に行われたともいわれています。現在のように大々的に行われるようになったのは、昭和三年に仙台で開催された 東北博覧会以降です。さらに戦後、市の復興のために奨励され、東北の名物行事になりました。
仙台七夕祭り(平成28年8月6〜8日)

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七、八月の季語
驟雨(しゅうう)
盛夏のにわか雨で、ほとんど夕立と同じです。短時間に多量の雨が降ると、いっぺんに気温が下がって涼しくなります。
土用(どよう)
土用は本来、春夏秋冬の四季にありますが、今は夏の土用のことをさし、俳句でも夏の季語となっています。。 七月二〇日頃から立秋前日までの約十八日間のことで、一年中で最も暑い時期です。 土用の丑の日に鰻を食べると夏負けをしないという風習があります。昔から鰻は夏負けの薬とされていましたが、 この日に鰻を食べる風習は、江戸時代に蘭学者の平賀源内(1728〜1779)が鰻屋に頼まれて流行らせたのが始まりという説があります。
走馬灯(そうまとう)
回り灯篭(とうろう)ともいい、軒先や窓辺につるして、夏の夜の闇の中でその影絵の明かりが走るのを楽しみます。 江戸時代の初期に大変はやって、各家で作り互いに見せ合ったりしていたといわれています。
単衣(ひとえ)
裏のない一重の着物です。絽(ろ)、紗(しゃ)、明石(あかし)、透綾(すきや)、上布(じょうふ)などの羅(うすもの)や、 麻布で作る帷子(かたびら)で仕立てられた、盛夏にふさわしくすがすがしい着物です。
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暦については神宮館へ
干支・九星・行事・六輝・中段・二十八宿・下段、東京の日の出入・月の出入・満干潮時など詳細に記述されています。 暦の説明、九星別各人の運気の動向や、納音・十干・家相学・姓名学・命名字典なども加わっているボリュームたっぷりの暦です。
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