ホーム歳時記12月

正月飾り
正月飾りは、農耕民族にとって最大の守護神である年神(としがみ)を迎える目印として、また、 依代(よりしろ=神霊が現れるときに宿ると考えられているもの)として、 新年には欠かせないものとされてきました。二十九日には苦に通じ、三十一日には一夜飾りといって嫌い、二十八日か三十日に 飾るとされています。
門松
門松は門戸に一対の松竹をたてます。松は常緑樹で、その緑は永遠の生命のシンボルです。 旧年のうちに門松を立て年神を招く目印とします。 松は年神の依代であるということから、 新しい干支の年男が年木樵(としきこり)になって山に入り、松の木を伐ってくるというしきたりもありました。
注連(しめ)飾り
正月には、家の内外に注連縄を張りめぐらして、その注連飾りにより年神を迎える聖地であることを示します。 神社では秋に刈った稲の新しい藁で注連飾りを作って社頭を飾ります。 昔は年男が夜更けに一人でなわを綯い、この年縄を身につけていれば災厄をさけることができたといわれています。
年棚
年神を迎えるために、神棚や仏壇とは別に、年棚を設けてある家も見かけられます。年神は縁起のいい吉の方向からやってくる というので、暦に合わせて方向を回転するように出来ている年棚もあります。年棚には年神の神符や榊のほか、鏡餅、神酒などの 供え物を載せます。また、棚の隅に、疫神さまの座をつくって、悪疫を退けてもらうという風習もありました。
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年越し
正月事始
十三日は「ことはじめ」です。「こと」とは、正月行事のことです。つまり正月行事のための準備をはじめるのが十二月十三日とされています。 まずこの日は、「煤払い」といって、家の中を大掃除します。現在は払う煤はないので大々的には行われませんが、 江戸時代から大正にかけて盛んだったころ、煤払いの後には、祝儀酒が振舞われ煤湯とよばれる入浴をして心身を清めました。 家の中の汚れを清め去り、人々も斎戒沐浴して、年神を迎えるにふさわしい準備をしました。年神は、罪、咎、穢れをきらい、 清浄の場にしか来臨されないと信じられていたからです。
年越しそば
そばのように細く長く生きようという意味で、江戸時代に大晦日の夜にそばを食べて年を越すという習慣ができました。 江戸商人の知恵の産物といえるでしょう。
除夜の鐘
人間の百八つの煩悩を被るという意味で、大晦日の夜半から全国各地の寺院で撞きはじめられます。 百八声(鐘を百八回打ち鳴らすこと)は大晦日に限らず、毎日明け方と夕方にそれぞれ百八回鐘を撞くのが原則ですが、 普段は略して十八声にとどめるのを通例としています。 除夜とは、除日(旧年をとり去る日)の夜の意味で、大晦日の夜をさします。この夜は一年の最後であることから、 いつのころからか除夜の鐘として定着していきました。
日本三大梵鐘と除夜の鐘情報

知恩院(京都市東山区 電話075-531-2111)
午後10時12分から僧りょ17人が鐘をつきます。独特なつき方なので参拝者は見学のみ。
東大寺(奈良市雑司町 電話0742-22-5511)
元旦の午前0時開始。はじめの一、二回は寺の者がつき、そのあとは一般の参拝者もつくことができます(無料)。 先着順に8名ずつ x 108回で、800人余りの人が参加できます。(午後11時から整理券配布)
方広寺(京都市東山区 電話075-531-4928)
希望者が多ければ2〜3人で1回。108回で終了。
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十二月の季語
小晦日(こつごもり)
大晦日に対してその前日をさします。「つごもり」は「月隠(つきごもり)」の略で、陰暦の月の末、三十日(みそか)のことをいいました。 したがって、小晦日は十二月二十九日にあたりますが、陽暦の十二月三十日にも転用していわれます。
年の夜(としのよ)
大晦日の夜であり、一年の境目で、大年・年越と同じです。除夜という言葉が一般的ですが、その他年夜(としや)、年の晩、年一夜(としひとよ)、 除夕(じょせき)などともいわれます。
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暦については神宮館へ
干支・九星・行事・六輝・中段・二十八宿・下段、東京の日の出入・月の出入・満干潮時など詳細に記述されています。 暦の説明、九星別各人の運気の動向や、納音・十干・家相学・姓名学・命名字典なども加わっているボリュームたっぷりの暦です。
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